2024年10月衆議院議員ランキング 3回戦
山崎誠 vs 古川禎久
勝: 古川禎久
戦評
議員Aと議員Bを比較すると、どちらも国会議員としての経歴が長く、多くの経験を持っています。しかし、国民の代表としての適格性や政治的立場から判断すると、Bはより一貫した政治スタンスを持ち、法律と行政の豊富な知識を活かし、特に法務大臣などの要職を歴任しています。また、郵政民営化法案や財務副大臣としての活動は、彼の政策判断能力と政治的信頼性を示しています。一方、議員Aは政党移動が多く、一部で批判を受ける行動も見られます。これらの点を考慮すると、議員Bは持続的で責任ある政治活動を期待できると考えられます。
山崎 誠(やまざき まこと)
議員データ
衆議院議員 | |
年齢 | 62歳 (1962年11月22日生) |
所属政党 | 立憲民主党 (民主党→)(みどりの風→)(日本未来の党→)(みどりの風→)(旧立憲民主党→)立憲民主党(菅G・重徳派) |
選挙区 | (比)南関東 |
議員サマリー
政治家になる前の経歴
- 東京都練馬区で生まれる。 - 東京都立西高等学校に通う。 - 上智大学法学部法律学科を卒業、法学士(1987年取得)。ゼミでは国際政治学、国際関係論を専攻。 - 1993年、青山学院大学大学院国際政治経済学研究科ビジネス専攻修士課程を修了。国際ビジネスの修士号を取得。 - 株式会社熊谷組や日揮株式会社に勤める。
政治家としてのキャリア
- 2006年3月、横浜市会議員補欠選挙(青葉区選挙区)に出馬し、初当選を果たす。 - 2007年、統一地方選で得票数トップで再選。 - 2009年、横浜市会議員を任期途中で辞職。同年の第45回衆議院議員総選挙に民主党公認で神奈川8区から出馬し、選挙区では敗れるも比例復活で当選。 - 2012年、民主党を離党後、みどりの風に合流。その後、日本未来の党の公認を受けるが、第46回衆議院議員総選挙では落選。 - 2017年、立憲民主党から比例東北ブロックで出馬し当選。 - 2021年、第49回衆議院議員総選挙で小選挙区では敗れたものの、比例復活で3回目の当選。
政治活動上の実績
- 2009年: 第45回衆議院議員総選挙で当選し、国会議員としてのキャリアを開始。 - 2010年9月: 民主党代表選挙では、現職の菅直人首相を支持。 - 2012年: 第46回衆議院議員総選挙で落選。 - 2017年: 第48回衆議院議員総選挙で立憲民主党から出馬し、当選を果たす。 - 2020年5月および2022年1月: 国会審議中にスマートフォンを操作していた件が報道され、批判を受ける。
政治的スタンス
- アベノミクスを評価しない。 - 消費増税の先送りに対しては、どちらかと言えば評価する。 - 安全保障関連法の成立を評価しない。 - 北朝鮮問題や森友学園問題への安倍内閣の対応を評価しない。 - 共謀罪法を評価しない。 - 消費税率を10%よりも高くすることにどちらかと言えば賛成。 - 選択的夫婦別姓の導入にどちらかと言えば賛成。 - 永住外国人への地方選挙権付与に賛成。
国民の代表としての適格性を判断する上で特筆すべき事項
- 山崎氏の職業倫理に関しては、複数回のスマートフォン操作事件が批判されており、その点については改善していく姿勢が問われる。 - 国際ビジネスに関する高い学歴を持ち、政策において国際的視点を持つことができる。 - 長期にわたり、各政党間を行き来した経歴があるが、一貫して立憲民主党にて活動。柔軟な政治的対応が可能かどうかは、立ち位置と一貫性に影響を与える可能性がある。
古川 禎久(ふるかわ よしひさ)
議員データ
衆議院議員 | |
年齢 | 59歳 (1965年08月03日生) |
所属政党 | 自由民主党 (新進党→)(無所属→)(自由民主党(橋本派)→)(無所属→)自由民主党(山崎派→無派閥→石破派→茂木派→無派閥) |
選挙区 | 宮崎3 |
議員サマリー
政治家になる前の経歴
- 1965年8月3日、宮崎県串間市で生まれる。家族は1926年から焼酎造りと酒類の小売販売を行っていたが、のちに廃業。 - 串間市立福島小学校を卒業後、ラ・サール中学校に入学するも寮を退寮処分となる。 - ラ・サール高校に進学し卒業後、東京大学法学部に入学。1989年に卒業。 - 1989年、建設省に入省し建設事務官となるが、1992年に退官。 - 退官後、衆議院議員の秘書を務める他、目黒で焼き鳥店を経営していた。
政治家としてのキャリア
- 1996年、新進党公認で宮崎3区から衆議院議員総選挙に出馬するも落選。 - 2000年、無所属で同選挙区から出馬し落選。 - 2003年、無所属で宮崎3区から再び出馬し初当選。後に自民党に入党。 - 2005年、郵政民営化法案に反対し自民党を離党。無所属で再選。 - 2006年、自民党に復党。法務大臣政務官を経て、環境大臣政務官としても活躍。 - 2013年、安倍内閣の財務副大臣に就任。 - 2021年、岸田内閣で法務大臣に就任。
政治活動上の実績
- 2003年、宮崎3区で初当選し、その後も連続当選を果たす。 - 県議会本会議で郵政民営化法案に反対し、自民党を離党後、無所属で再選(2005年)。 - 2013年、安倍内閣の財務副大臣に就任。 - 2021年、法務大臣として加古川7人殺害事件や秋葉原通り魔事件の死刑執行を命令。 - 2024年、政治資金パーティー収入の裏金問題に関して全派閥の解消を主張。
政治的スタンス
- 歴史事実に関して、日本の第二次世界大戦中の慰安婦問題では強制連行を否定する立場。 - 外国人参政権と人権擁護法案に反対。 - 首相の靖国神社参拝を支持。 - 日本のTPP参加には反対。 - 将来的な核武装については国際情勢に応じて検討すべきと考えている。
国民の代表としての適格性を判断する上で特筆すべき事項
- 建設省での官僚経験とその後の政治秘書経験から、法律と行政の知識が豊富。 - 複数の選挙歴に見るように、逆境においても粘り強く政治に取り組む姿勢が見られる。 - 大胆な政策や発言がしばしばあり、自民党内でも保守的な立場を確立。 - 矢沢永吉のファンで、「永田町矢沢会」の会長を自称しており、このように文化活動への関心も示している。